京都民医連あすかい病院 往診センターのブログ

京都民医連あすかい病院の訪問診療を担う、往診センターのブログです。

私が在宅にきたわけ。

イメージ 1

 私は、実は急性期が大好きで、「急性期こそ看護だ!」てな感じの看護師(その頃は看護婦)でした。
 ※私を知っている人は、「分かる!」と感じられる方も居られるかも・・・
 そんな私の人生・・・まあ色々ありまして(笑)、急性期の病棟を離れることとなり、めぐりめぐって現在の病院の看護部長さんに拾っていただいたのが『訪問看護』でした。実を言いますと、「あ、これで看護師としては、置いていかれるのかな」と、そんな思いが過ぎっていました。今思うと、「あほちゃう~」と言うような思いなのですが、そんなことを思いながら勤め始めたのですが・・・
まあ、これが!!

 「家で人工呼吸器が動いている?!そして、それを家族で看ている」
 「腹膜透析を家でしているなんて!そして、家族が看ておられる」
 「CVポンプが、家で動いている」
 「大学病院から最先端の治療を、在宅でしている」
 「大学病院の治験に参加されている」
等々、病院勤務では経験できないことばかりの出会いがあったのです。
 
 更に、忙しない性分の私は、その頃の訪問看護ステーションの所長に「30秒の体温計を買って下さい」とお願いしました。そんな私に対して、緩やかで朗らか且つ機敏でもある所長は「何で急がんとあかんの?」と言われました。その時、私ははっとしました、そして鎧みたいなものが崩れた気がしました。
その人のための看護師さん。その人のために使う時間。ゆっくりと話しながら検温すればいい。そして検温だけが目的の看護ではない。検温することの裏にある、その人とのコミュニケーションやケアに看護がある。
『在宅こそ、看護の基本』
自分の中で、看護の喜びに震えた瞬間でした。
 
 そこから私は、訪問看護の世界にどっぷりはまり、日々のケアや生活の中でのその人への看護を感じ、その人の人生の一コマの支援ができることに喜びを感じていました。
 そんな中で、次の課題『認知症』が現れ、認定看護師への道を目指したのです。

 「認知症があっても、自分らしく過ごせる人」
 「認知症のせいで、家族関係が崩壊しそうになってる人」

 『認知症を持つ人』といっても10人10色まったく違います。その一人ひとりにどんな看護を提供できるのだろう。私には何ができるのだろう。そう思って研修に参加し、現在に至ります。
 急性期から訪問看護訪問看護から病院外来へ、そして病院外来から往診センターへと異動してきましたが、まだまだ学習は続きます。
 認知症ケア委員会と共に、これからも在宅で暮らし続けたいと思う方々に必要な医療、看護、介護を、連携して届けるために、今後も努力してゆこうと思います。