京都民医連あすかい病院 往診センターのブログ

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父と高次脳機能障害とトランス脂肪酸と

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ラーメン 餃子

勤務が昼までの時は、デイケアから帰って来た父と一緒に、近くのスーパーで夕食の買い出しをする。「昼は何食べた?」と聞くが、なんやったかなあと彼は首をかしげる。短期記憶が障害されているのでまあ覚えていないだろうな、と思いながら、いつも同じ質問をする。ふと、何事もなかったかのように、彼に記憶が戻るのを期待しているかのように。

父は趣味であるランニング中に突然心室細動を起こしAEDで蘇生した。低酸素血症から脳の一部を傷害して「高次脳機能障害」と診断された彼は、まるで子供だ。一緒に買い物に行ったときは欲しいものの前でじっとしたまま動かない。「おっこれ安いやん」と叫ぶのは、たいてい生ギョーザの前だ。刺身のコーナーの前では、じっと刺身を見つめたまま動かなくなる。先日は、イワシの前で彼が動かなくなったので、100円で山盛り入ったイワシを購入し、醤油と味醂と生姜と梅干しで煮た。「何食べたい?」ときくと、たいてい「なすび」と答えるので安くて助かる。

料理を盛り付けて机に運ぶと、「わっごちそうや。おいしそういただきまーす」と我々に構わず一人で食べ始める。味に文句を言ってこないところは人ができているのだろうが、残念ながら、味に頓着しないのは貧しい地域で生まれ育ち食べ物に苦労して来た人生を過ごしてきたからに違いない。私は、ラーメン屋を経営していたこの人が、ギョーザとラーメンと好物の焼き茄子と、子供が自立した後は主に冷凍食品で生きてきたことを知っている。

喫煙もせず、大きな病気もなく、肥満でもない、むしろトライアスロンに出たり自転車で日本一周を実現するくらいのスポーツマンだった父が狭心症を起こしたのは、私が大学を卒業し南の島で研修医として働き始めてすぐのことだった。父はその時、ラーメン屋を畳んで冷凍食品を運ぶトラックの運転手をしていた。

「ちょっと動くと胸がぎゅーっと重くなるのだが、これはなんだ」と、ある日父から電話がかかって来た。よくよく話を聞くと、典型的な狭心症発作だった。

「電話を切って、すぐに病院に行け。そうしないと心筋梗塞で死ぬぞ」と、私は父に言った。仕事が忙しくてなんとかかんとかなどと言っていたが、最終的には病院に行くことを了承し、結果的にはみごと冠動脈に狭窄が見つかった。あと少しで閉塞し、心筋梗塞に至る一歩手前だった。完全に詰まってしまう手前で冠動脈にステントを入れ、彼はこの世に生還した。

「なんでこんなことになるんや?」と、まだ正気だった彼は私に聞いた。確かに、彼には心臓病のリスクファクターは全くなかった。高脂血症でもなく、糖尿病でも高血圧もなかった。先に書いたように、肥満もなく喫煙もしていない。まったくリスクはなかった。

「まあ、そういう人もおるわ。喫煙したことないのに肺がんになったり、お酒一滴も飲まないのに肝臓壊す人もおるやろ」と、私は疫学者が聞いたら卒倒するような詭弁を言った。だが、研修医になったばかりの当時は本当にわからなかった。なぜ彼が、狭心症になったのか。

あれから時も経ち、臨床経験も積んだ今ならわかるようになった。全く、学校では大切なことは学ばないものだ。今ならわかる。

冷凍食品、及びそれに多く含まれる揚げ物のせいだ。父はコレステロール値も高くなかったのだがら恐れ入る。トランス脂肪酸の恐ろしさを父で思い知らされることになるとは思わなかった。

私はもともと揚げ物料理をすることが少なかった(めんどくさいからです笑)が、トランス脂肪酸の勉強をしてから、揚げ物をできるだけ避けるようになった。もちろんスナック菓子や揚げパンもである。友人と外食するときは食べることもあるが、それ以外では意識的に避けている。

そういうわけで、父の食卓に揚げ物はない。なので、今後彼は長生きするだろうな、などと考えている。もちろんストレスフリーな生活をしている、ということも後押しするが。

 

T医師

 

 

 

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